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何のための基準値?

今回の原発事故によって、初めてというか慌てて策定された食品に含まれる放射能の基準値について、色々調べているうちに気になる話題を見つけたので急遽エントリーすることにした。

「基準値内であれば1年間摂取し続けたとしても直ちに健康への影響はない」

農産物や水産物から放射能が検出される度に、某官房長官や某大学教授らによって毎度言い尽くされているお馴染みのフレーズだが、実はこの言葉の中に、事象を過小評価させるのを意図するかのような、誤解を招く表現が含まれていることが、一部サイトや週刊誌によって指摘がされている。
まずは、基準値についての引用記事から。
放射線対策 食品・水、数回摂取でも問題なし
飲食物の摂取制限の指標値は、それぞれの品目ごとに1年間摂取し続けたと仮定し、放射性物質がどの程度、臓器に取り込まれ、放射線を出して健康に影響を与えるかを大人、子どもそれぞれについて計算した結果に基づき、さらに厳しく設定したものだ。厚労省によると、数回摂取した程度では健康への影響はなく、代わりの飲料水が確保できるまでの短期間であれば、飲用しても問題ないとしている。
(2011年3月22日 読売新聞)
この「1年間摂取し続ける」とういう仮定条件に関して、実は2通りの条件が起こりえるのだが、国も大手メディアも詳しくは触れていない。
どうやら、放射性物質の場合は半減期があるために、通常の有害物質と異なり、摂取し続けるとした仮定条件に違いが生じることが見過ごされているようなのだ。
端的に言うと、「常に汚染されている飲食物を摂取し続ける」Aのケースと「一度汚染された飲食物を摂取し続ける」Bのケースが存在することになる。
つまりは、ケースAでは、常に同じ放射線量を含む飲食物を摂取し続けるのに対して、ケースBでは半減期を勘案するため、放射線量が次第に減っていく飲食物を摂取し続ける仮定条件となり、これを年間の放射線の摂取量で比較すると、ケースBの年間摂取量よりケースAの方が実に数十倍近い年間摂取量となる恐れがあることから、仮定条件の違いによって基準値の値が大きく異なることが明らかになってきたのだ。

では実際に国が策定した基準値とは、果たしてどちらのケースに基づいて算出されたものなのか?
恐らく、ほとんどの人が、摂取し続ける飲食物が同一の放射線量とした、Aの仮定条件による基準値だと考えていたのではないだろうか。かくいう私もそう考えていた。
しかしながら、国が示した基準値は、摂取し続ける飲食物の放射線量が時間経過に伴って減少していく、Bの仮定条件に基づいて算出していると考えられるのだ。
したがって、基準値そのものは、年間に摂取する放射線量の上限値に基づいて割り出されているので、仮にAの仮定条件で基準値をあてはめようとすると、当然現行の基準値を大きく下回る見積もりとなる。
その辺りの詳しい解説は下記のサイトで見られるので、是非ご覧の上ご確認いただきたい。

・ケミストの日常
team nakagawa 『「暫定規制値」とは』の説明について

・産業技術総合研究所(AIST) ※安全科学研究部門のコラムより
基準値の根拠を追う:放射性ヨウ素の暫定規制値のケース

以上を踏まえると、国は、大きく見積もれる基準値をあえて採用したのではないかと疑わざるをえない。
他国に比べて高いと言われる基準値なのも、それなら頷けてくる。
まだ詳しくは調べきれていないが、アメリカなどでは、飲食物の半減期を勘案しない基準値を採用しているとの話もある。
いずれにしろ、我々の生活に即して考えた場合、1年間分の野菜を一度に買って毎日食べる人などまずいないであろう。
常にスーパーで新鮮なものを買ってきて食べるのがあたりまえだし、それこそ、サラダなどのように複数の野菜を組み合わせて食べることも日常茶飯事である。
例えば、輸入品や加工品のように放射能の汚染が一時的かつ限定できる食品であれば、現行の基準値の妥当性を見出すこともできるが、福島原発の爆発事故以降、大気中への放射性物質の多量な飛散は無くなったとはいえ、一方で海洋汚染の深刻度は高まっており、放射能による汚染は今こうしている現在も進行中なのだ。
我々は、継続的に放射能に汚染されている飲食物を口にするリスクを抱えながら、当面の生活を続けていかなければならない。
にも関わらず、国は実態にそぐわない仮定条件に基づき、更にはその仮定条件を曖昧にしたまま、大きく見積もれる基準値を公表したことになる。
そんな基準値でもって、この国は一体何を守ろうとしているのか?
国家にとって国民の生命より重いものはないと思うのだが、少なくとも、この国はそう考えてはいないことが、今回の基準値の一件からも感じ取れてしまう。
今回の二面性が見られる基準値に関して、国は国民に対する説明責任を果たさなければならない。

もはや、政府やマスコミによる一方的な情報で、国家を統制できるような時代ではない。
今回の基準値の件からもわかるように、政府やマスコミの視線が国民の利益に向けられない限り、国民の彼等に対する不信感は、彼等自身の手によって生み出され、強まっていくことになるだけなのである。

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